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第17回ビーイング(being)とドーイング(doing)

私が学んだトータルカウンセリングスクールにおいて、人間というものをdoing とbeingの2つの面からとらえています。

doingとは文字通り、「行為」のことをさします。
例を挙げますと、学校のテストの点数や順位、学歴や資格、社会的地位、積み上げてきた財産・年収、積み重ねてきた経験や、実績、身につけたスキルなどなど。容姿などもこれに含まれます。
何かが出来る出来ないで価値をはかる、他者との比較の世界です。

一方、beingとはその人の「存在」そのものをさします。
何かが出来る出来ない関係なく、ただそこにいるだけで、その人をその人たらし めている何か、それがbeingです。
doingは比較の世界ですから、どこまで行っても終わりがありません。
もし、仮に何かの分野で世界で一番になったとします。
しかし、今度はその世界一の地位を保ち続けるために頑張る必要があります。 私達現代人はdoingで図られ続け、疲れきっています。 そして、doingのみで自分の価値をはかってしまうと、永遠に安らぎが得られないことになってしまいます。

幼い頃から、社会的にはエリートの両親から、教育の名のもとに壮絶な虐待を受けてきたクライエントさんがいました。 彼は、それに耐えかね、中学卒業と同時に家を飛び出します。
そして、悪い仲間とつるみ、あらゆる手段を使って数年間生き延びてきました。
しかし、いかんとも進退窮まり、20歳の時一度実家に戻る決心をします。 確かに酷い虐待をしてきた親ですが、「そうは言っても血のつながった親子 だ・・・。」と、まだどこかで自分を受け入れてくれるだろうという期待感があ りました。
しかし、ボロボロな状態で帰宅した彼に、親がかけたセリフは、

「何しに帰ってきた!」
「お前はうちの恥さらしだ!お前のせいで俺達がどれだけ恥ずかしいおもいをしてるのかわかっているのか!!」
「こっちは忙しいんだ!お前の泣き言なぞ聞いている余裕なんてない。自業自得だ!」

この時、彼の中で何かがキレてしまいます。
彼は、彼の親達に対し重犯罪にあたる行為を実行し、刑務所に収監されることになってしまいました。
帰宅した彼に、ほんの少しでも彼をいたわる言葉、彼の存在(being)を受け止める言葉をかけられていたら、こうした結果にはならなかっただろうと思います。
しかし、親御さんもこれまでの人生でdoingでしかはかられてこなかったた め、子供のbeingを受け止めるという意味がどうしてもわからないのかもしれません。
極端な話し、私達カウンセラーは「今、人を殺してきました・・・。」というクライエントさんが来たとしても、平然と話しを聞きます。
かなり前になりますが、私自身も指名手配中の方の話しを聞かせてもらったことがあります。(20分だけしか話しはしなかったですが、1時間分の料金を振り込んでくれていました。)

彼のdoingを見るのではなく、人を殺さざるを得なかったその心の叫び(being) の方に耳を傾けるのです。
人の話しを聞く基本でアドバイスでなく、傾聴・共感が大事というのは、要するにこのことをさします。
適切なアドバイス(doing)も、もちろんすごく大事です。
しかし、その前にまずじっくりと話しを聞くことで、お互いの心のベルトがしっ かりとかみ合うこと(beingを受け止めること)がまず大切なのです。


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