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第10回つらくて死にたくなるとき、一体私達の心に何がおきているのでしょう?

仕事が退屈でたまらない、辛くてたまらない、人に会うのが億劫だ、理由はわからないけど死にたい気分だ、こういった時私達の心に何がおきているのでしょうか?
「自我に死ぬ」という言葉あります。
私達は自我に死ねない時、逆に死にたくなってしまうようです。
ここでいう”自我”とは古いやり方、自分がとっているお決まりのパターン、思 考、考え方のことを言います。

今までのやり方ではどうにも現実にそぐわない、うまくいかない。 →かと言って、今までの自分のやり方を変えるのはもっと嫌だ。(自我に死ねない) →どうにもならない、どうでもいい、もう死んでしまいたい。

私の常連さんに、毎回毎回「もう死にたい。疲れた。生きていたくない。」とこぼす方がいらっしゃいます。
私が「何かあった?」と質問しても、「別に何かあったわけではないんだけ ど・・・。よくわかんないけどつらい。不安。生きていたくない。」という返答がかえってきます。
私達は付き合いも長く、ラポールも築けていましたので、ある時、ズバッと上記 のような話しをしてみました。
彼女も感じるところがあったようです。
よくよく話しを聞いていったところ、彼女が死ねない自我とは、 「ともかく”頑張ること”をやめられない。」 「誰かに甘えることなんて怖くて絶対出来ない。」 頑張ることをやめようと考えるのは、それこそ「自分がバラバラになってしまう。」ような不安を感じるそうです。
しかし、彼女もそういった自分のパターンに気づき、信用できそうなものは、 ちゃんと信用すること、自分の力だけでなんとかする必要がないことを、少しづつ受け入れていっているようです。
古い自分に死ぬのは、それこそ本当に一度死ぬくらいの覚悟・エネルギーが必要 になるかと思います。
「自我に死ぬ。」というのはそれほど難しいことであり、あらゆる理由をつけて、みんなそこから逃げようとするのも当然といえば当然といえるでしょう。
しかし、時期が満ちた時、土台が整った時、真剣にそれを願う時、自我に死ぬチャンスはやってくるようです。
誤解を招く表現かもしれませんが、私達カウンセラーの仕事は、クライアントさんが、この”自我に死ぬ”決断の土台が整うのを、待つ仕事と言えるかもしれません。

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